【2015】

2015年6月13日

ル・マン2015フォトレポート 6月12日:スタート前日

公式予選が終わり、この6月12日(金)は決勝レースを前にした"休息日"です。そして現地時間の午後5時30分からル・マン市内の中心部では全出場ドライバーが登場するドライバーズパレードが行われました。

一方、同じ時間帯にサーキットでは"シークレットイベント"が行われるということをミシュランスタッフは耳にし、ドライバーズパレードは見送ってサーキットにとどまることに決めました。そして目にすることができたのは、往年のル・マン24時間を彩った数々の名車たちの勇姿でした。

MICHELIN_2015_WEC_03_Le Mans_0612_01.jpg

  

走行セッションのない一日でしたが、ミシュランのタイヤサービスチームは各パートナーチームの決勝レース用のタイヤの用意のためにこの日もフル回転でした。

MICHELIN_2015_WEC_03_Le Mans_0612_02a.JPGMICHELIN_2015_WEC_03_Le Mans_0612_02b.JPG  

この日の夜、ル・マン24時間の主催者であるACOは世界のレース界や経済界などの名だたるVIPを招いての晩餐会を開催しました。しかも会場はサーキットのコース上で、最終コーナー付近にこの晩餐会だけのために立派なゲストハウスを設けて行われました。そして、そのゲストハウスの前にはご覧のように往年のレーシングマシンの数々が並べられ、VIPのみなさんはこれらのマシンを眺めながら食事と会話を楽しめるという趣向でした。

あくまで晩餐会のゲストであるVIPのための催しで、これらのマシンがこのタイミングでサーキットに現れることはお客さんや取材関係者等には伝えられていませんでした。したがって、VIP以外にこの様子を目にすることができたのはほんのわずか。まさに"シークレットイベント"でした。

MICHELIN_2015_WEC_03_Le Mans_0612_03.jpg  

下の写真は"シークレットイベント"のためのドライバーズブリーフィングの様子です。写真の左から、ル・マン24時間で9回もの総合優勝を成し遂げたトム・クリステンセン、フェラーリのワークスドライバーとして出場した1964年のル・マンで優勝を飾っているニーノ・ヴァッカレッラ、元F1ドライバーで1999年のル・マンでは優勝目前にまで迫った片山右京、ル・マン優勝6回を誇るジャッキー・イクス......なんと豪華な顔ぶれ!

MICHELIN_2015_WEC_03_Le Mans_0612_04.jpg  

マシンは常設コースであるブガッティ・サーキットの第1コーナー区間で待機しているということで、ミシュランスタッフもACOの車両に乗せていただいてそちらへ移動。結果的に、クルマに乗ってレースウィーク中のピットロードを走るというチャンスに恵まれることになりました。

なお、ピットロードの出口にそびえ立つのは、様々なレース情報をお客さんや関係者のみなさんにご案内する「ミシュラン・ランキングタワー」です。

MICHELIN_2015_WEC_03_Le Mans_0612_05.JPG  

ブガッティ・サーキットの第1コーナー区間に着いてみるとご覧のような光景が広がっていました。ミシュランスタッフはただのレースファンの心に戻って舞い上がってしまいました......。

MICHELIN_2015_WEC_03_Le Mans_0612_06.JPG  

1999年のル・マンで片山右京/鈴木利男/土屋圭市という3名の日本人ドライバーが駆り、総合優勝目前にまで迫ったすえに2位でのフィニッシュを果たしたトヨタ TS020。3578ccのV型8気筒ツインターボエンジンを搭載したマシンです。長年動かすことのなかったものを走行可能状態にするため、特に電気系統は最新のものに変更されるなどされていました。

MICHELIN_2015_WEC_03_Le Mans_0612_07a.jpg  

当時のレーシングスーツを久々に着ながら思い出いっぱいのマシンに乗り込んだ右京さん。

MICHELIN_2015_WEC_03_Le Mans_0612_07b.JPG  

右京さんのもとに歩み寄ってきたのは3回のル・マン総合優勝を誇るアラン・マクニッシュです。1999年のル・マンでは右京さんとはチームメイトでした(ドライブした車両は別)。

MICHELIN_2015_WEC_03_Le Mans_0612_08.JPG  

1977年のル・マンを制したポルシェ936。2142ccの水平対向6気筒シングルターボエンジンを搭載しています。コクピットに収まるのは、このマシンを優勝に導いた当人であるジャッキー・イクスその人です。

MICHELIN_2015_WEC_03_Le Mans_0612_09a.JPGMICHELIN_2015_WEC_03_Le Mans_0612_09b.JPG  

ル・マンで13回の優勝を飾っているアウディが最初に勝利を挙げたのは2000年大会でした。そのときの優勝車両がこのアウディR8。現在の同社のル・マンカーといえばディーゼルターボエンジンですが、この2000年モデルのR8はガソリンエンジンで、3600ccのV型8気筒ツインターボでした。

MICHELIN_2015_WEC_03_Le Mans_0612_10.JPG  

肩を組んでカメラに向かってくれたジャッキー・イクスとトム・クリステンセン。合わせてル・マン総合優勝15回という途方もなさですが、まったく偉ぶることなく、あくまで気さくなおふたりです。

MICHELIN_2015_WEC_03_Le Mans_0612_11.JPG  

1966年から69年まで4年連続でル・マン総合優勝を果たしたフォード GT40。写真の車両は初代の1964年モデルで、4181ccのV型8気筒エンジンを搭載。今回はアメリカにおけるスポーツカーレースやフォーミュラカーレース、そしてNASCARでも活躍した豊富な経験を持つスコット・プルエットがドライビングしました。

MICHELIN_2015_WEC_03_Le Mans_0612_12.JPG  

フォード GT40がデビューした翌年の1965年のル・マンで総合優勝を飾ったのが3292ccのV型12気筒エンジンを積むこのフェラーリ 250 LMでした。このときは、1964年大会をフェラーリ 275 Pで制したニーノ・ヴァッカレッラが助手席に乗り、彼のメカニックであった御年92歳の御仁がステアリングを握りました。

MICHELIN_2015_WEC_03_Le Mans_0612_13.JPG  

今回のル・マンでデビューを飾った日産GT-R LMニスモの一台がまとう青を基調としたトリコロールは、1990年のル・マンでポールポジションを獲得したこの日産R90CKのカラーリングをモチーフとしたものです。R90CKの3496ccのV型8気筒ツインターボエンジンは、レース仕様で800馬力、予選用のターボブーストでは1000馬力以上と言われています。そのマシンを今回ドライブしたマーク・ブランデルは、90年大会で圧倒的な予選タイムを叩き出したその人で、92年大会ではプジョー 905をドライブして優勝。その後、F1やアメリカのCARTシリーズに参戦した優れたイギリス人ドライバーでした。

MICHELIN_2015_WEC_03_Le Mans_0612_14a.JPGMICHELIN_2015_WEC_03_Le Mans_0612_14b.JPG  

昨年をもって現役を引退したトム・クリステンセンに対して、総合優勝9回という前人未到の記録を讃える記念プレートの贈呈式が行われました。プレゼンターは、ル・マンで4回優勝を飾っており、現役引退後はチーム監督としても活躍したアンリ・ペスカロロが務めました。クリステンセンの右の人物はACO会長のピエール・フィロンです。

MICHELIN_2015_WEC_03_Le Mans_0612_15.JPG  

ACOの晩餐会には世界のレース界や経済界などの要人が招かれていました。写真中央の人物はFIA(国際自動車連盟)の会長であるジャン・トッド。かつてはラリーのコ・ドライバーとして鳴らし、その後プジョー・タルボ・スポールやフェラーリF1チームの監督として活躍した人物です。

MICHELIN_2015_WEC_03_Le Mans_0612_16.JPG  

先に紹介した往年のレーシングカーを駆ったドライバーたちもレーシングスーツからフォーマルスーツに着替えて晩餐会に出席。マーク・ブランデルと右京さんは1992年から95年までの4シーズンにわたってはF1で競い合った仲。ブランデルは右京さんのことを「いつも彼が厄介な相手として立ちふさがってきていたよ」と笑いながら語っていました。

MICHELIN_2015_WEC_03_Le Mans_0612_17.JPG  

こうした余興を経て、今年のル・マン24時間はいよいよその本番である決勝レースを迎えます。

そのスタートは6月13日(土)の現地時間の午後3時(日本時間の午後10時)です。