【Basics】

2015年2月13日

WRCとミシュラン

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ミシュランは国際レベルのラリーにおいて100年以上にわたって活動を行ってきています。そしてWRC(FIA世界ラリー選手権)においても、1973年にこの世界選手権シリーズが創設された当初からタイヤ供給活動を展開し、以来、2014年までにミシュランタイヤ装着車は260戦を超えるWRCイベントで優勝を飾り、計46個のWRCタイトルを獲得してきました(内訳は、24個のマニュファクチャラーズタイトルと22個のドライバーズタイトル。なお、WRCにドライバー選手権が設けられたのは1979年から)。

   

  

LANDMARK DATA

  

■1973年

「マスケット四銃士」として知られるジャン‐クロード・アンドルー、ジャン‐リュック・テリエ、ベルナール・ダルニッシュ、ジャン‐ピエール・ニコラが、アルピーヌ・ルノーA110でWRC初年度のマニュファクチャラーズタイトルを獲得。彼らのA110はミシュランタイヤを装着しており、その斬新な技術は高く評価されました。

  

■1982年

競技車両カテゴリーが一新され、いわゆるグループB/A/Nというカテゴリー編成となったこの年、前年に女性ドライバー初のWRC優勝を飾ったミシェル・ムートン(アウディ・クワトロ/ミシュラン)を抑えて、ヴァルター・ロール(オペル・アスコナ/ミシュラン)がドライバーズタイトルを獲得しました。

  

■1983年

ミシュランを装着したアウディ・クワトロを駆るハンヌ・ミッコラが4勝を挙げてドライバーズタイトルを獲得。翌1984年にはアウディとスティグ・ブロンクビストによって、ミシュランはマニュファクチャラーズタイトルとドライバーズタイトルの双方を手にしました。

  

■1985年

プジョー205ターボ16とそのドライバー(1985年がティモ・サロネン、1986年がユハ・カンクネン)が2年連続でマニュファクチャラーとドライバーの両タイトルを手中に。しかし、ラリー・ポルトガルではラリーカーのコースアウトによる3人の観客の死亡事故が発生し、その2カ月後のツール・ド・コルスでは天才的ラリードライバーとして知られたヘンリ・トイボネンが命を落とすなど、WRCに暗雲が立ち込めた時代でもありました。そして、グループBカーはあまりにもパワーがありすぎるとの判断から、1986年をもってWRCでの使用が禁止されました。

  

■1987年

グループBカーよりもパワーの小さなグループAカーがWRCのトップカテゴリー車両に。ミシュランは、タイヤ内の空気が失われても内圧を保持し、スピードを落とすことなくスペシャルステージを走り続けることができる、画期的なATSシステムを実戦投入しました。

  

■1992年

ランチア・デルタHFインテグラーレとミシュランタイヤのコンビネーションはランチアの5年連続マニュファクチャラーズタイトル獲得という偉業を実現させました。

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■1993年

この年からミシュランタイヤを履いたトヨタ・セリカGT-FOURを駆り、ユハ・カンクネンが通算4回目のドライバーズタイトルを獲得。そしてトヨタは初のマニュファクチャラーズチャンピオンに輝きました。

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■1994年

ミシュランを履くトヨタ・セリカGT-FOURで戦ったディディエ・オリオールが、フランス人初となるWRCチャンピオンに。トヨタはマニュファクチャラーズ2連覇を達成しました。

  

■1998年

ラリー・ニュージーランドでのカルロス・サインツ(トヨタ・カローラWRC/ミシュラン)の勝利により、ミシュランはWRC通算150勝目に到達しました。

  

■2000年

ミシュランを履くプジョー206WRCとそのドライバーのマーカス・グロンホルムがマニュファクチャラーとドライバーの両タイトルを獲得。ミシュランがWRCで獲得してきたチャンピオンの数は計30個となりました。

  

■2003年

ラリー・フィンランドにおいてマルコ・マルティン(フォード・フォーカスWRC/ミシュラン)がミシュランのWRC通算200勝目を記録しました。また、ミシュランを装着したクサラWRCによってシトロエンがこの年、初めてマニュファクチャラーズタイトルを勝ち取りました。

  

■2005年

前年に初めてWRCチャンピオンを獲得したセバスチャン・ローブ(シトロエン・クサラWRC/ミシュラン)が圧倒的な強さでタイトルを防衛。彼が所属するシトロエンはマニュファクチャラー選手権3連覇を果たしました。そしてこの年をもってミシュランはWRCへのタイヤ供給を休止。その役割はBFグッドリッチに引き継がれました。

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■2011年

2005年をもってWRCへのタイヤ供給を一端休止したミシュランでしたが、この年から公式タイヤサプライヤーとしてWRCへの参加を再開。ミシュランのパートナーチームであるシトロエンと、そのエースドライバーであるセバスチャン・ローブ(シトロエンDS3 WRC/ミシュラン)がマニュファクチャラーとドライバーの両タイトルを獲得し、ミシュランがWRCで獲得してきたチャンピオンの数は計40個に達しました。

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■2012年

WRC公式タイヤサプライヤーとして2年目となったミシュランは、前年に続いて全戦でパートナーチームが優勝を飾り、最終戦ラリー・スペインにおいてセバスチャン・ローブ(シトロエンDS3 WRC/ミシュラン)がミシュランのWRC通算250勝目を記録。ローブは9年連続でWRCチャンピオンに輝きました。

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■2013年

セバスチャン・オジェがミシュランを履くフォルクスワーゲン・ポロR WRCを駆って9勝をマーク。キャリア初のチャンピオンを獲得しました。そして、オジェを擁したフォルクスワーゲンはWRCへの新規参戦を開始したその年にドライバー選手権とマニュファクチャラー選手権の双方を制覇するという快挙を成し遂げました。

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■2014年

シリーズ全13戦のうち12戦でミシュランタイヤ装着のフォルクスワーゲン・ポロR WRCを駆るクルーが優勝を飾り、残る1戦でもミシュランを履くヒュンダイ i20 WRCが勝利。マニュファクチャラー選手権はフォルクスワーゲンが2年連続で制覇し、ドライバーズタイトルもひとりで8勝を挙げたセバスチャン・オジェが2年連続で手中にしました。

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